天草市でイノシシ数がヒト数を超える日

 天草のイノシシは一度絶滅した歴史をもっています。江戸時代には、猟銃が各村に貸与され、イノシシに関する昔話も残っていますから、実際に生息していたものと思われます。絶滅したのは、江戸末期の飢饉の際、人に捕りつくされたためといわれていますが、あきらかではありません。
 百年以上たった1990年代、東シナ海を漂うボートピープルが西から天草に流れ着いた頃、イノシシが東南の九州本土や長島から海を泳ぎわたってやってくるのを目撃したとの漁師の証言を、又聞きですが、よく聞かされます。


 天草下島にはクマはおらず、野イヌも無人島以外はおらず、当時最大の野獣はタヌキというありさまでしたから、イノシシは瞬く間に天草に根を下ろします。無防備な畑でサツマイモ(イノシシの大好物)を育て、山に柑橘(樹下に好物のミミズ)を植えていた天草の人たちは、まるでショベルカーでひっくり返したようなイノシシ被害跡にさぞやたまげたことでしょう。
 高齢化が進んでいる上に、便利なものを好んで山仕事をしなくなったヒトたちのおかげで、山は雑木に溢れて日差しは遮られ、竹やぶ(タケノコは早春の大好物)は広がり、山道は寸断され、田や水路は荒れ、ニロク(二禄=早稲を刈った後に成る米。好物)は放置され、イノシシの生育に適した環境ができあがっています。

 天草市によれば、 2015年、市内で7千頭以上のイノシシが捕獲されています。2009年から2015年の捕獲数は、均してみると前年比ほぼ10%強増えています。
 イノシシの自然増加率(年末数/年初数)が150%(雄雌2頭から子が1頭増えて親子3頭になる)という環境省の推定値は、猟をする者からみて楽観的過ぎると思います。雌イノシシは一度に3頭程度子を生むし、春に生んだ子が死ねば秋にまた生む。また、環境がよければ寿命も10年位ありそうです。
 何れにせよ、自然増加した後の頭数の1/4程度を毎年捕獲していかないと(イノシシ4頭家族のうち0.5頭程度は捕獲しないと)、生息数は爆発的増加を起こすことになります。

 譲って自然増加率を150%と想定して計算してみます。緑枠は実績数です。
 仮に2009年に天草市には9千頭しかイノシシがいなかったとしたら、2015年で全て捕りきっているはずです。実際は2016年もややペースダウンしつつ捕獲は続いていますから、9千頭以上はいたことになります。
 10千頭の場合が増加数と捕獲数の均衡。こうあってほしいとヒトが望む数値です。
 11千頭以上いた場合、自然増加数に追いついておらず、やがては爆発的増加を招く、という計算です。
 ちょっと手を抜くと、爆発的増加の可能性があるということです。自然増加率が高いほど、引火の可能性が高まります。天草市総人口90千なんて、爆発的増加が走り始めたら、すぐに抜かれてしまいます。そうすれば、天草はイノシシ島になってしまうわけです。

 イノシシの生態は、よくわかっていないことが多いと思います。大学の調査結果をみても、個別事例の列挙、しかも集積不足で、実際に猟をしながら感じるイノシシの生態とは差があります。
 イノシシは社会教育で均されていないだけに、個性豊かです。
 オスは交尾期以外は単独行動をとると本にはありますが、実際は3頭のオス成獣が徒党を組んで山を動き回っている例を実見しています。この3頭は括り罠の位置を互いに知らせ合うためか、罠の上に枯葉を盛り上げるという、例外的な知恵者でした。総じて、個々のイノシシは自己の経験により学習して賢くなりますが、経験知を他のイノシシに教え伝える行動は親子間であっても取らないようです。若いイノシシほど罠に掛かりやすく、年を取って罠を逃れる経験を積むほど、罠に掛からなくなります。ですから、この徒党を組む3頭にはたまげました。動画に写った荒んだ表情が印象的でした。
 イノシシの行動範囲は半径2km圏と本にはありますが、この例外は多数あります。好みの竹やぶから動かず、ずっと生息していたイノシシがいました。池まで遠征して池之端2kmほどを周遊するイノシシがいました。鉄砲漁師が山に入れば当然山奥に移動します。行動パタンはさまざまで、都度、観察して推測するしかありません。
 括り罠に掛かってからの振る舞いも個性的です。総じてメスの方がおとなしいですが、積極的にヒトに飛び掛ってくるイノシシもいれば、なるべく遠ざかって蹲るイノシシもいます。近づいてくるヒトの様態はよく観察しているようで、ヒトが背をかがめるとイノシシは攻撃的になり、ヒトが伸び上がるとおじける傾向があります。

 括り罠で捕獲されたとき、イノシシは前脚か後脚(前脚のときが多い)の一脚にワイヤの一端がしまって外れなくなり、ワイヤ他端が丈夫な木に繋がれている状態で、ワイヤの許す範囲を文字通り猪突猛進して逃れようとします。ワイヤが脚をつかんでいる部分が浅く親指が掛かっていなければ抜けることがあるし、深くても関節に掛かっていると関節が千切れて、イノシシは罠を逃れてしまいます。括り罠にかかったイノシシに近づくときが、猟をする者にとって最も危険な場面です。
 末尾にま新しい武勇談をひとつ。2016年秋、僕の師匠の罠猟師が、罠に近づいたちょうどそのとき前脚が千切れた150kg級?の大イノシシに猪突され、取っ組み合いになったそうです。師匠曰く「イノシシが襲ってきたら背中を向けて逃げてはいかん。向き合って、オスなら牙を手で押さえて組み合うべし。イノシシは突進するときは口を細くあけてくるので、いきなり頭をがぶりを食われたりはしない」。うーん、んなことできるかなぁ。このとき現体重60kg級で元相撲クラブ部員の師匠はイノシシを放さず、イノシシが我に返って逃走するまで、金太郎よろしく上に下に組み合っていたそうです。牙を抑えた左手の小指の先がイノシシの口にはいって食いちぎられ、1月入院。その後、猟を再開したのは、胆力があるというべきか、懲りないというべきか。

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